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思考を言語化するドリル

氾濫する川のように流れる情報に対し、浮かんでは消える思考を留め言語化するトレーニング

未来志向、あるいは貧弱なシナプスの話。

ここ数年、英語を勉強しています。

英会話スクールに通ってるのですが、よく先生に、What did you do last weekend? 

今週末なにしてた?

みたいな、ライトな質問をされることがよくあるんですが、え?週末?なにしてたっけ、てか、今日何曜日?えーっと、思い出さなきゃ。

って感じで、毎回大混乱してあわあわしてる。

 

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加齢による物忘れ?と言われたらそれまでだけど、正直、「今」と「これから」と「未来」のことにしか頭のリソースを振り分けられなくなってる。

 

現時点から右に伸びているベクトルを、むりくり180度、歪めて、戻して、記憶を辿る。

そんな苦労を毎回頭の中でやっている感じになる。

 

理由を考えてみた。 

 

もしかして、程度の差こそあれ、周りの人もおんなじこと感じてたりするんじゃないかな?

いわゆる普通の日常会話。今日どうだった?昨日どうだった?週末どうだった?みたいな会話、みなさん今もしてますか?

 

SNSやチャットやブログとかで、その瞬間、瞬間、体験したこと、感じたこと、言いたいことをアウトプットして消化しちゃってるから、あえて記憶に留めておいて思い出して誰かに伝える機会って少なくなってない?

 

なんかでみたニュースも後でググればいいか、と最低限の検索ヒントだけ覚えてたりして。

 

インターネット普及により、人の記憶は退化するみたいな未来予想をしていたけれど、それはパブリックなデータベースへの依存だけじゃなくて、FacebookInstagram を始めとするライフロギング的なところに上げた瞬間から、忘れていく自分自身の小さな体験的記憶も含まれてるみたい。

 

スマホの写真にも残してないような日常は、無意識にフィルタリングされて、リアルな記憶からも消えてる感じ。

 

まあ、子供の頃からびっくりするくらい過去のことをわすれるタイプの人間だったから、思い出せないことにあんまりストレスはないんだけどね。

 

忘れっぽくてごめんね。

私は元気です。